今、思うこと
『JDFCつうしん』で掲載していた“今、思うこと”を、引き続き、ホームページ上でも掲載することにしました。
当たり前のことですが、ドナーファミリーというは、ひとりひとり、性別も、家族構成や、家庭環境、家族の歴史も違います。
その人にとって、ドナーとなった(喪った)人が、母親だったのか、父親だったのか、子ども、それとも、兄弟・姉妹、あるいは、夫、妻だったのか−。また、子どもでも、小児だったのか、それとも、成人していたのか・・・。これだけでも、違いがあります。
まだあります。心停止後に提供したのか、脳死下での提供だったのか、本人の意思があったのか、なかったのか、日本で提供したのか、海外で提供したのか−。病気、それとも事故?あるいは自死や事件に巻き込まれたという場合もあるでしょう。
皆さんに知っていただきたいのは、ドナーファミリーは画一ではないということ。それぞれの家族が経験したことが、その家族にとっての事実であり、真実であるということ。そして、家族といえども、皆がおなじ考え、思い方ではないということ。
けれども、すべてのドナーファミリーに共通していえることは、他の誰かの生きるための“セカンド・チャンス”を贈り、自分の生の代わりに、生命の贈り物(ギフトオブライフ)をされた方たちの家族だということです。誰もドナーファミリーになりたくてなったわけではないのです。〈喪失の先を見ることが出来た勇気ある家族〉だからこそ、ドナーファミリーとなったのです。
そして、いちばん大切なことは、これをお読み下さる皆さんが、その立場になかったとしても、想像してみて下さい。その人の気持ちを。あなたがもし、おなじ立場で、いちばん大切な人に起こったことだったとしたら、どうだろうかと・・・。“ドナーファミリー”となった人たち(家族たち)は、今、何を感じ、思い、どう考えているのか・・・。ぜひ、耳をかたむけてみて下さい。
今回は、2007年5月27日、名古屋・日泰寺で行われた『臓器提供者慰霊祭』でのドナーファミリーの話を取り上げます。
なお、この会の趣旨により、このサイトのすべての内容は無断転用禁止としております。
はじめに・・・
皆さん、こんにちは。河原と申します。
本日は、『臓器提供者慰霊祭』において、地元のドナー家族の一人として、お話をして下さいとのご依頼を受けましたので、少しお時間をいただいて、移植医療に対する私の思いを述べさせて頂きたいと思います。
また、このような機会を与えて頂いた、日本移植者協議会東海支部並びに、関係各位の皆様に感謝申しあげます。
なお、失礼な発言がございましたら、お許し下さい。
経緯は・・・
まず、私がドナー家族に至った経緯をお話致します。
私の二番目の娘、実加(二歳十ヶ月)は、平成9年5月10日(土曜日)、母親の読み聞かせのボランティアについて行き、その図書館から一人で外に出てしまい、交通事故に遭いました。
私は、救急車の中から妻の電話で事故を知り、あわてて総合病院に駆けつけました。
娘は、病院到着時には心肺停止になりましたが、手当の結果、心臓は動き出しました。しかし、頭を強く打っていて、脳が腫れ、脳幹を圧迫しているため、腫れが引くように治療しているが、危険な状態との先生の話でした。
実加は、鼻から管を通し、顔がむくんでいるものの、かすり傷が数カ所あるだけで、とても交通事故にあったように見えませんでした。
翌日の5月11日、容体は改善せず、脳の検査の結果は脳死に近いものだと解りました。私と妻は実加の回復を信じて、時を過ごすしかありませんでした。
丁度そのころ、国会では脳死による臓器移植法について論議されている時で、また、当時、私の知人が人工透析の最中に心不全で亡くなったこともあって、臓器移植の四文字が頭の中をかすめたことと、私の妻の兄が、娘の運ばれた病院の薬剤師をしていたため、病院側からも移植について兄夫婦を介して打診があり、移植ネットワークから話を伺うことになりました。
事故の翌々日、藤田学園のネットワークの人と話し合い、私たちは、心停止後の腎臓提供に同意しました。
実加の肉体の一部が灰にならず、この世に生き続けることを考えて・・・。
病院の先生からは、尿の出が悪くなり、今夜が峠との話がありました。今夜が最後になるかもしれない・・・。
私たち夫婦は、先生にお願いして、実加と一晩いっしょにいられるようにして頂き、妻は、実加が大好きな『アンパンマン』の主題歌を夜が明けるまで歌い続けました。娘の頭の横には、大きな生理食塩水のタンクがあって、いつでも腹部に挿入されているカテーテルから体内に入るようになっていました。
しかし、一方では奇跡が起きて、助かるかもしれない。実加にこんな管をさしてもいいだろうか?と疑問を抱きながら。
5月13日、早朝、その時がやって来ました。
心停止が近づくと、部屋の外に白衣の人が何人も集まり、実加の身体を待っています。心臓の動きを示すモニターの波形が横一直線になる前に、タンクのパルプが一斉に開かれ、数分の後には、実加の身体を持って行ってしまいました。
実加の腎臓は第二の人生を歩むため、13日午前7時38分、旅立ちました。
ドナー家族になって・・・
ドナー家族になってから疑問に思ったことが二点あります。
一つ目は、治療が最後までなされたかどうか?臓器提供を決定(同意)した後も治療は続いたのだろうか?
二つ目。ドナー本人はどう思っているだろうか?
私は、実加の身体の一部を残すため、実加の意志を確認しないで、臓器提供を決めていましました。今から思えば、人を助けることが第一のはずが、そうではなかったように思います。
しばらくして、娘を喪った悲しみ・つらさが打ち寄せる波のように私たちを襲い、それに加えて、腎臓を他人に提供したことに対して、実加が納得しているか?どう思っているだろうか?私たちは考えるようになりました。
そこには、人を助けることだけを思って提供に同意したわけではない、別の思いがあったからだと思います。実加をこの世に残しておきたい。その思いです。
私は、実加に対して、悪いことをしたとは思いません。しかし、返事がない以上とても、つらいです。今でも、つらいです。
今、思うこと・・・
ところで、5月17日は何の日か、ご存知ですか?『生命(いのち)・きずなの日』です。
2001年、神戸での世界移植者スポーツ大会からレシピエントとドナー家族が交流を始めました。
先日、『生命・きずなの日』記念祭が東京であり、移植者とドナー家族が顔を合わせる機会がありました。その時、脳死判定で臓器を提供したドナー家族(臓器移植法制定後に提供された家族)の方が数名、出席していました。その方々はドナーの意志を尊重したことで、迷いがなく、実に生き生きとしていました。だからこそ、いろんな所で、移植医療拡大の講演会ができるのだと、思いました。
ドナーの意志がはっきり分かっている場合は、私のような思いをするドナー家族は、いないでしょう。事実、ドナーの意志を汲んで臓器を提供した家族は、私たちとは別のドナー家族のように思われます。意思確認は、ドナーになろうとする人の家族が、臓器を提供しようと判断する大きな要素です。
しばしば、「脳死移植が増えない」、「子どもの移植を海外に頼っていてはいけない」など、移植医療を拡大するため、移植を待つ側の考え方だけを多く取り込んだ意見が新聞やニュースで流れます。5月13日付の中日新聞で『臓器提供意志のネット登録について』こんな記事がありました。ネット登録の運用が始まって二ヶ月たつが、六千人しか登録していない。移植者からは、「PR不足である」との声も。ある移植医は、拒否の意思表示がなければ家族の意志で提供できるという「改正臓器移植法」が成立してからいきる制度だ、との記事内容。
しかし、どうして臓器移植が増えないのでしょう。意志確認をしなくてはならないからでしょうか。
それは、人の死を、心停止をもって判断する考え方が根強いこと。また、ドナー家族が提供した事実をおおっぴらにできないような社会。移植ネットワークがドナー家族を分け隔てなくサポートしていない事実。移植者の皆さんがドナー家族の心を理解しきれていない今の社会がある限り、簡単には増えないでしょう。
「早く、ドナーが現れるいいですね」の言葉には、“早く、脳死や心停止になって臓器を提供してくれる人が現れるいいね”の意味があることを、決して忘れないで下さい。どうか気軽に使わないで下さい。
小児の臓器提供について・・・
私は、二歳の娘をドナーにしました。子どもの臓器移植にはすごく関心があります。
昨年も、多くの子どもが移植のために、海外に渡りました。そして、募金活動が、それぞれに行われたことと思います。この募金活動にかかわった人たちの中で、どれほどの人が、ドナーやその家族のことを頭に浮かべて活動や協力をしていたでしょうか。私はそこが重要だと思います。
一般の募金者はただ、「かわいそうね、大変ね、早く治るといいね」で、終わっているように思えます。その人たちまで、ドナーやドナー家族のことを意識するようにならなければ、移植医療は拡大しないでしょう。
先の記念祭で、ドナー家族の一人が、「移植者の皆さんも、臓器をいただいてから、大変でしょう。いろんな検査などあって。でも、皆さんにはしっかりした、公的ないろんなケアがあるでしょう。私たちドナー家族には、コーディネーターによる心のケアもなければ、公的な機関のしっかりしたケアも、ありません」というお話をされました。移植先進国の米国とは大違いです。
レシピエントの皆さんには、『生(いきる)』がやってきますが、ドナーの家族には『死(なくなる)・別れ』がやってきます。
現在、脳死による子どもの臓器移植を可能にするため、臓器移植法の改正が行われようとしていますが、本人が拒否しない限り、脳死移植をよしとする法案のようです。
外国に移植を頼らないためには、子どもの脳死移植を可能にしなければならないから・・・。
皆さんの我が子が、それも0歳〜二歳の我が子が、脳死になった場合、動いている心臓を取り出せますか?法改正で本人が拒否しない限りドナーにする(なる)ことができます。
何人の方ができると、お答えでしょうか。
私にはできません。絶対に、できません。
心停止後の臓器提供でさえ、意志確認ができず、これだけ苦しんだのに、まして、動いている心臓を本人に了解なく提供したら、私はどうなってしまうでしょう。
もうこれ以上、悩めるドナー家族を、法改正で増やさないで下さい。
臓器の提供を、意志確認ができない家族に判断させないで下さい。
念のために、申し上げますが、私は脳死移植を否定するものではありません。意志確認があればいいと申し上げているのです。
移植者の皆さんが希望する法改正で、子どもの移植が国内で可能になると、今後、海外に依存することができなくなります。順調に子どものドナーが現れなければ、ドナー不足が今よりも深刻になることも、予測しなければならないでしょう。
移植者の皆さんが、いただく側の論理で移植の増加を働きかけたり、移植ネットワークが脳死下のドナー家族を広告塔にしたりして、悩めるドナー家族を無視しているようでは、移植の発展はないでしょう。
おしまいに・・・
レシピエントの皆さんが、一日も早く、元通りの体になり、健康を実感できますように願うと共に、皆さんが真のドナー家族の理解者であり、ドナー家族の代弁者になることができれば、ドナー家族は安心して、移植医療に対して推進役を果たすことができると思います。
最後に、実加の腎臓を受け取った人から、コーディネーターを介して、手紙をいただきました。そこには「私の末娘は二歳九ヶ月で、ひときわ私に甘えてきます」の一文がありました。よくこんな言葉を・・・。
私の愛する我が子には、もう一度はありませんでした。
もう一度を待っている方、もう一度がすでにあった方、どうぞドナー家族へのご理解をよろしくお願い致します。
これを持ちまして挨拶にかえさせて頂きます。本日はありがとうございました。
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